ikinuki

校正あんまりしないひとの話

Thank you ,grandpa

f:id:Odeng:20190305021116j:plain

 

こんにちは、オデンです

1月の中旬に、私の大事な大事なじいちゃんが人生を終えました。

家族が揃うまでずっと待っていたじいちゃん。

最後まで気を遣うじいちゃんで、最期までじいちゃんらしかった。

本当に月が大きくて、空が澄んでいて綺麗な夜だったことを忘れられない。

 

じいちゃんが亡くなると、本当に様々な人が集って知らないじいちゃんを知る。

車をぶつけちゃってから車を自らおりて外に行くことが少なくなったじいちゃん、

知的好奇心が強いじいちゃんは双眼鏡を密かに購入して、外が見たかったこと。

小さい頃に父親を亡くしてから誰にも甘えずに生きてきたらしい

認知症を患ってから娘に怒られることも多々あった。

「そろそろ甘えさせてくれよなあ〜、娘ちゃん」と弱々しく体を小さくしながら悲しんでいたこと。

妹たちのために働いて、夜間の高校に通ってた。

街灯のない時代だったから本当に夜道が暗くて、じいちゃんのお母さんは当時ずっと心配していたこと。

じいちゃんは小学校から中学校までずっと優秀な成績を修めていたこと。

親戚の方に久々に会った時は、会えて話したことが嬉しくて嬉しくてその話ばかりしていたこと。

家に虫が出て、やっつけると必ず「こいつは前世で悪いことをしたから虫になったんだ」とふがふがした様子で話していたこと。

何十年前に働いていた職場では親切に教えてくれるのが好評で、特に女性はみんなじいちゃんの部署に移動したがっていたこと。

奥さんはもう寝たきりだけど「悪いことしたなあ」としょんぼりしていたこと。

デイケアのお姉さんを自分の娘の様に可愛がり、いつもその人たちと同じリュックを背負って歩くことが晩年の楽しみだったこと。

そのデイケアを退所する日には、何も知らないはずなのにお世話になった方々に手を合わせて回っていたこと。

私の頑張っていることを他の親戚の方に嬉しそうに話してニコニコしていたこと。

私には「おう、頑張れよ〜う」としか言わなかったのになあ

幼い頃遊んでいた砂場は、実はじいちゃんが作ってくれたものだったこと。

 

その人が亡くなってから一番その人を知ることになるなんて、なんか少し寂しいね。

じいちゃん、本当に波乱万丈な人生だったね。

でも、それでもとても慈愛に満ちた人だったね。

お通夜に参列者がみんな涙流してたよ、デイケアのお姉さんもみんなきてくれて涙流してたよ。いつも髪切ってた床屋のおじちゃんも涙流しながら焼香してくれてたよ。

瞬間湯沸かし器なところもあったけど、

いろんな人から愛されていたことがよく分かった。じいちゃん、凄いね。

 

わたし、じいちゃんのこと大好きだった。

じいちゃんもわたしのこと大好きだったかな。そうだといいな。

 

じいちゃん、ありがとうね。大好き